KOZA  SPECIALコザスペシャル

琉球王国のドラマを巡る越来グスクルート 2/2

越来地区には、越来グスク跡を中心に様々な史跡があります。
越来グスクを中心に、琉球王朝時代にゆかりのある史跡から、越来村時代に人々の生活を支えた史跡まで、越来地区の歩いて楽しめる様々な史跡をご紹介いたします。


鬼大城の墓

越来グスク城主にまで登り詰めた男

鬼大城(ウニウフグスク)こと大城賢雄は尚泰久の家臣で、尚泰久の娘、百度踏揚のお供で勝連城へ行くも、当時その夫で勝連城主である阿麻和利の謀反を知り、王府軍を指揮して討伐。その功績により、越来親方として越来城主となり百度踏揚を妻に迎えました。





しかし、その後金丸(第二尚氏・初代尚円王)のクーデターにより、攻め立てられ自害したそうです。
 





尚宣威王の墓

コザに眠る琉球の王

尚宣威王は、尚円王(第二尚氏・初代国王)の弟で、尚円が王位につくと、越来間切の領主となり越来グスクに居城しました。尚円の死後、世継ぎの息子の尚真が幼かったことから、次の王位につくが、尚真の母、宇喜也嘉(オギヤカ)の策略で、わずか半年で退位に追い込まれ、その後、越来の地に戻り隠居生活をおくります。





尚宣威の墓は、沖縄市越来の小高い丘の中腹にあります。任期は短いものの琉球王であったため、歴代の王が眠る墓、玉陵(たまうどぅん)に入るべきですが「玉陵は尚円王の直系によって受け継がれて行く」という取り決めのため、越来に眠ることになりました。











尚宣威王の墓
住所:沖縄県沖縄市 越来2-24-2
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