KOZA  SPECIALコザスペシャル

コザ芸能人列伝コザの芸能人は熱い!熱い!熱い!沖縄の芸能を支えると言っても過言でない重鎮の激熱特集。

とある日の夜、沖縄市の中央パークアベニュー近くのバー「Chemi…」に集まったのは、伝説のラジオDJとしても知られる玉城デニーとウチナー民謡・三線奏者の比嘉光龍(バイロン)。互いに似たルーツを持ち、強いシンパシーを感じていながらもこれまで接する機会がなかったというふたりが、それこそ千年の想いを抱えてこの場に登場! それぞれに歩いてきたコザの街、ふるさとウチナーの心を語る対談インタビュー!

光龍…(会えて)嬉しいねぇ。大活躍で、デニーさん
デニー…あらんどー。はたはたーそうしが(違うよ、忙しいだけだよ)光龍…県知事ないみそーりよ(笑)
デニーわんが県知事になったら、ゆくんちじならんかね(笑)?

——いきなりウチナーグチ全開ですね(笑)。

光龍…今のは県知事と、ゆくんちじ(よけいダメ)っていうのが係ってたのわかる? シャレが。
デニー…大丈夫。日本語も話せますので(笑)

——すみません、どうかお手柔らかにお願いします(笑)。今日はですね、「コザ芸能人列伝!」という特集テーマでおふたりに伺いたいと思っています。じつは今日が初対面ということですが、共通点も多いおふたりなのでいろいろと募る話を対談という形で大いに話していただきたいな、と思ってます。よろしくお願いします。

デニー…オッケー。かたや民謡、かたやロック
光龍…でも、わんねー、いちおう隠してはいるんだけど(沖縄の伝統文化に関わる仕事柄)、じつはロック。外ではこんなアイパー当てて「ぬーやるばーがーハンバーガー」で歩いてるけど、なんでか家に帰ったらKISSとかボンジョビとかよ。「シャトゥザハート!」って歌ってる(笑)。
デニー…やっぱりよ、共通項はあるはずよ。わったーなんかは時代的にロックを通り過ぎないといけないわけさ。僕はフォークから入ったんですけど、もともとFENの米軍放送のラジオを聴いてて。
光龍…FEN(笑)。今FENじゃないのわかる? 今はAFNですよ
デニー…A・F・N!?
光龍…これもう10年以上になるよ(笑)
デニー…へー、でも俺、FENっていうのと極東放送と沖縄にふたつの(アメリカの)ラジオ局があったってのがとっても嬉しかったんだけどね。極東放送がエフエム沖縄に変わったときに戦後がひとつ終わったんだなと思ったよ。あ……、それで今日はこんな話でいいのかな(笑)?

——おもしろいですよ!米軍放送を聴いてロックに目覚めたとか、沖縄ならではの芸能史に繋がる話ですよね。こんな感じのおふたりの思い出とかルーツに関わる話こそリアルだなぁって。

光龍…こんな話ならもう明日の朝までかかるよ(笑)。

——確かに、話は尽きなさそうですね(笑)。でも本当に、これまでおふたりが会ったことなかったというのはちょっと意外な感じもしますよね?

光龍…だからねー
デニー…バイロンは山内中学か? 高校も入ったか?
光龍…山内。高校は中部工業です。デニーさんは?
デニー…わんは前原高。
光龍…うんじょー(あなたは)、かっちん(勝連)やいびーらやー?
デニー…そうそう、ずっと与那城よ

——ラジオでの共演なんかもなかったんですよね?

光龍…僕がラジオ沖縄で民謡の番組担当したときにはデニーさんはもう議員に立候補されてて。だからもうちょっとね、(ラジオをやってる)時期が近ければ接点がね、あったかもしれないけど。
デニー…あそう、バイロンは始めて7年くらいになる?
光龍…まだ5年。デニーさんは初めて立候補したのはいつくらいですか?
デニー…僕はね、2002年に沖縄市議会議員に立候補して当選して、05年に市議を辞めて国政に初めて挑戦してポトンして。それから4年間浪人して昨年通ったわけよ。光龍…あー、じゃあ3年は空いてるから。そういえばデニーさん、ラジオで「69(ロック)の日」ってなんか作ってませんでした?
デニー…そうそうそう。あっちこっちに回ってから「690円のランチ作ってくれ」とか、バーのカクテルを「2杯で690円になるようにしてくれ」とか、みんなにお願いしてやって。何かに引っ掛けてみんなで「69の日」を楽しもうっていうのがあったわけ。
光龍…三線の日みたいな?
デニー…これチキン(テーブルの料理を食べようとして)?わん、チキンかみゆぅさんさー。チキンっていうか僕、肉食べないわけよ。

——えっ、そうなんですか!?

デニー…そうそう。宗教上の理由で(笑)。

——またどこまで本気かわからないですけど(笑)。

デニー…僕は、神様が「共食いするな」って言ったから食べなくなった
光龍…あ、いちおう本当に宗教なさってる?
デニー…ウチナーのよ。俺、御嶽宗教だのに
光龍…おおー!
デニー…宗教上の理由って言えば、いちおうみんな納得するわけさ。
光龍…じゃあ、あれは?沖縄そばのソーキ
デニー…みんなに(あげる)。でも、そばは好きだから食べる。そこまでウチナーンチュは捨てられない(笑)。ンチュは捨てられない(笑)。
光龍…わんも魚は全部オッケーだからとぅじ(嫁)にカツオだしでウチナーそば作ってもらってる。
デニー…へー、でも、うんじゅのとぅじはヤマトじゃなかった?
光龍…あ、なんでわかるの(笑)?
デニー「はっしぇ、どんだけ比嘉バイロンのことわんが気にしてたことか(笑)」
光龍…そう、だからいちおう結婚するときに、わんはこんなウチナー関係のやってるから「我んねー、やまとぅぐちぇーさんどー(俺は日本語は使わないよ)」って言ったわけ。そしたら、色々なうちなぁ芝居から、うちなぁぐち猛勉強してさー、とぅじは30代前半だけど、あそこまでウチナーグチわかるのはウチナー中探してもをぅらん。
デニー…話すこともできるの?
光龍…話はまぁまぁできる。でも、まぁまぁっていっても同じ世代の一般のウチナーンチュよりだいぶ話す。30代前半の世代だとほとんどのウチナーンチュがウチナー・ヤマトグチはわかると思うけど、本当のウチナーグチはあんまり分からないと思うよ。

——ウチナーグチは最近、方言ではなくて日本語とは別のひとつの言語としてユネスコに認められたんですよね?

光龍…そうなんですよ。そうなんですよ!言語になった、去年。だから、本当にこれからよ。

——では、最後にですね、今日もところどころ軽快なリズムでウチナーグチが飛び交ってますけど、こんな感じでデニーさんとバイロンさんがふたりで掛け合いする番組があったらかなりおもしろそうだなって思うんですが。

デニー…いいねー。わかった!「69の日」のウチナーグチバージョンやろう!
光龍…おー、いいんじゃない!? 「69「69(るっく)ぬ日」とか言って(笑)
デニー…るっくっていいねー(笑)
光龍…たとえば、(番組放送中の体で)デニーさん、あのヴァン・ヘイレンあいびーしぇ。あの、エディ・ヴァン・ヘイレンよ。はっしぇ!あれ、ぐるくひちぐるびち……」

——ちょっと、すみません。ぜんぜんわからないです(笑)。

デニー…ヴァン・ヘイレンのエディ・ヴァン・ヘイレンのあのライトハンド奏法は初めて聴いたときにもう、びっくりしちゃっちゃった!指をあっちこっちピョンピョンさせて、もうスゴい!!それでは聴いてみましょう」っていう話をしてたんですよ。
光龍…でも、世界でこのふたりにしかできないはずよ。ウチナーグチでロックを解説する番組なんて。
デニー…100パーセント、ウチナーグチのロックンロール・ショウ!
かける音楽はアメリカとかイギリスのロックだけ。これまたコザだから語れるよね。那覇ではよ、東京までしか見えない。コザからは世界が見える!ちゃーやいびーが?(笑)

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お二人とも多忙の中、午後8時から1時間程度なら、という事で対談が行われたのだが、初対面にも関わらず意気投合し、二人が別れたのは深夜1時…。コザから世界が見えると語っていた二人の話はワールドワイドでした。

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    コザの民謡創成期をビセカツさんに聞きました。

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    沖縄芸能一筋。希代の遊び人にして不世出の唄者

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    常にロック・レジェンドの中心、ジョージ紫と息子のレイ。今回が初というロック親子対談が実現。

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    コザからは世界が見える。

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    伝統の継承と沖縄民謡普及の立役者。

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    独自の視点で日常を切り取る孤高の演技派ピン芸人、ベンビー!

※この記事は2010年2月発行のコザソース vol.037からの掲載です。

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