EISAエイサー

全島エイサーまつり

第61回沖縄全島エイサーまつり

開催場所: コザ運動公園陸上競技場・胡屋十字路周辺
第61回沖縄全島エイサーまつり 初日 道ジュネ― (2016)
8月26日(金)時間:18:30-21:00 予定 >>詳しくはこちら

第61回沖縄全島エイサーまつり 中日 (2016)
8月27日(土)時間:15:00-21:00 予定 >>詳しくはこちら

第61回沖縄全島エイサーまつり 最終日 (2016)
8月28日(日)時間:15:00-21:00 予定 >>詳しくはこちら
※天候などにより開催日が変更になる場合があります


8月27日(土)、28日(日)は、レーザーショーと打ち上げ花火が上がります(フィナーレイリュージョン)
1,000発の打上花火大乱舞!
・レーザーショー、打上花火「伝統と進化 IBUKI」(2016)
http://kozaweb.jp/event/detail.html?&sp=true&id=3338

隣接するサブグランドでは、オリオンビアフェストも同時開催!

・オリオンビアフェスト(2016)
http://kozaweb.jp/event/detail.html?&sp=true&id=3039

沖縄全島エイサーまつりの歩み

  • 写真1:沖縄全島エイサーまつりの歩み

    写真提供:沖縄市立郷土博物館

  • 写真2:沖縄全島エイサーまつりの歩み

  • 写真3:沖縄全島エイサーまつりの歩み

    写真提供:沖縄市立郷土博物館

「沖縄全島エイサーまつり」は1956年「コザ市・エイサーコンクール」(1974年にコザ市と美里村が合併し沖縄市が誕生)として開催されました。戦後、基地依存経済の中で商業都市として発展してきたコザ市でしたが、米国民政府による「オフ・リミッツ(米軍人・軍属・家族が 民間地域へ出入りすることを禁ずる規制)」が布かれたことによって商工業者が大ダメージを受けました。

市民が暗く、希望を失いかけていたそんな折、戦後復興のシンボルでもあったエイサーがコザ市で盛んに行われていたこともあり「エイサーで元気を取り戻そう!」とエイサーコンクールが開催されたのが始まりです。第1回大会は沖縄全島から選抜された9団体が出場し、3万人の観衆を集めました。出場団体は一定の審査基準によって審査され、隊形や技、構成人数、衣装等、それぞれの青年会らしい工夫を凝らし、競い合ったそうです。

この頃から、各シマ(地域)のエイサーが“魅せる”エイサーに徐々に変化し、現代エイサーの衣装やまつりでの隊形作りの原型になりました。しかし、地域によって美的価値の違うエイサーに優劣の差をつけるのには限界があり、審査結果に不満を露わにする青年会も出始めた為、コンクールは廃止され、第22回(1977年)からは「沖縄全島エイサーまつり」として開催されるようになりました。

現在では、3日間開催となり、初日は沖縄市中心市街地を各青年会が練り歩く「道ジュネ―」、中日は、沖縄市内青年会による「沖縄市青年まつり」、最終日には県内各地より選抜された様々なエイサーが繰り広げられ、3日間で延べ30万人の観客動員数を誇る、県内最大のエイサーまつりへと発展しました。

毎年恒例となったフィナーレのカチャーシーで会場一体になり、沖縄の熱い夏を堪能して下さい。(参考文献:「エイサー360度」)

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